大阪都構想ってなに

7 「都構想」と新型コロナウイルス感染防止対策の関係について

都構想が実現すれば新型コロナウイルスのような問題はどのように扱われますか。
 都構想賛成派の最大の理由は,「二重行政」の解消です。この点に関連して,今回の新型コロナウイルスの感染拡大のなかで,前回の都構想推進の先頭に立った前維新代表の橋下徹氏のツイッターでの以下の発言が物議を醸しました。
 「僕が今更言うのもおかしいところですが,大阪府知事時代,大阪市長時代に徹底的な改革を断行し,有事の今,現場を疲弊させているところがあると思います。保健所,府立市立病院など。そこは,お手数をおかけしますが見直しをよろしくお願いします」
 保健所は現在,大阪市内で1カ所だけです。その保健所に検査要請や問い合わせが殺到しました。橋下氏も認めるように,大阪では市立病院や公衆衛生研究所などの統廃合が進められたことから,今回の事態のさらなる悪化を招いています。
 危機的な事態が発生した場合に,現実に実務を担うのは,保健所や病院の人たちです。「二重行政」の名のもとに,たった一人の「リーダー」が住民サービスを担う機関を切り捨てることがいかに危険であるかが今回の事態でも明らかになったのではないでしょうか。
新型コロナウイルスについても強い権限をもった一人の「司令官」にしたほうが有効な対策ができるのではないでしょうか。
 新型コロナウイルス対策は未だ道筋がついておらず,現時点で政策の是非を論じることは難しいものです。
 ただ,最も強い権限を持っているはずの安倍首相の対応が極めて曖昧で迅速さを欠いたものであったことははっきりしているのではないでしょうか。他方で,知事を含めた各地の自治体の対応が大きな賛否を呼んだことも記憶に新しいと思います。
 例えば,国からの10万円給付が遅々として進まないなか,市が独自に10万円を貸し付けることにより,事実上の先払いを実現したり,様々な財政援助や対応を行った市が多くありました。
 以下の施策はいずれも2020年4月7日の緊急事態宣言後に発表されたものです。
・東大阪市が市立小学校の給食費を無償化
・大阪狭山市が子どもの医療費を15歳から18歳までに引き上げ
・大阪市が市内の小中学生と教員にフェイスシールドを配布
・寝屋川市がドライブスルーPCR検査導入へ
・寝屋川市が府支援対象外の事業者や世帯に市独自の支給
・泉佐野市が学生に無利子貸付の支援
 もちろん,これらの政策すべてが積極評価に値するかは後の検証が必要でしょう。
 ただ,これらは,市が,地域に密着し,しかも一定の権限と財源を持っていたからこそ実現できたものです。つまり,地域の実情がよくわからないトップ(首相や知事)のみに大きな権限を委ねるより,より市民に近い地元(市長)に権限があることでより柔軟で迅速な対応が出来たのではないでしょうか。
 国の施策がいつまでも実現しない中で,各市がこれらの施策を速やか,かつ独自に行うことが出来たのは,市として一定の権限と財源を有していたからであることは間違いありません。この点からも,大阪市の財源を奪い,府に一元化する都構想については疑問を抱かざるを得ません。
「二重行政」の名の下に研究所が統合されたために迅速なPCR検査が困難となったのですか。
 大阪でも,新型コロナウイルスのPCR検査は遅々として進まず,患者の急増に検査態勢が追い付かず,検査を待つ間に容体が悪化して入院したケースもあったと言われています。
2020年6月現在,PCR検査を行える大阪市の機関は,大阪健康安全基盤研究所ですが,これは,都構想を推進する「大阪維新の会」が中心となって,2017年4月,大阪市の環境科学研究所と大阪府の公衆衛生研究所を統合して地方独立行政法人としたものです。
 統合前の公衆衛生研究所の最大の役割は,食中毒や感染症の流行の際に発生源を特定し被害の拡大を防ぐことでした。これは,明治期にペストやコレラが流行したのを受けて,人口密集地である大阪市の公衆衛生機能を強化するため,大阪府立とは別に市立の研究所を設置したものです。
 この統合について,環境科学研究所の職員は「大阪市長の権限で大阪市民のために働く組織が無くなるのだから大阪市民にとっては紛れもなく機能の弱体化。大都会で新型感染症のパンデミックが発生した時に備える研究所を失っていいのか。270万人の市民の命を軽視している」と危険性を訴えましたが,当時の松井一郎・大阪府知事と吉村洋文・大阪市長は,この統合を「機能強化」と説明し強引に統合を進めました。
 地方独立行政法人とは,「住民や地域社会にとって必要な業務のうち,地方公共団体が自ら主体となって直接に実施する必要のないものを行わせる機関」と独立行政法人法に定められています。このような統合により,大阪市が主体的に府民の健康と安全を守る業務を投げ出すことになったのでした。
 つまり統合がなければ,今回の新型コロナウイルスのPCR検査においてもより迅速な対応が出来た可能性があります。
 行政とは,このような緊急事態を見越して対応措置を取ることが求められるのであり,安易に「二重行政」と決めつけ切り捨てることは大変危険な事態を招きかねないのです。
この大変な時期に都構想の住民投票を行う必要はありますか。
 現在,新型コロナウイルスによる世界的な都市封鎖や自粛により,これまでに経験したこともないような経済の危機が訪れています。
 ワクチンが開発され,これが普及しない限りは,経済の停滞は続くでしょう。また,感染は世界規模で広がっており,その影響はまだまだこれから出始めるでしょう。おそらく,3~4年は,コロナウイルス対策及びそれに伴う経済対策が行政の最優先課題になると思われます。
 すなわち,地方自治体をはじめ,今行政が行うべきは,医療崩壊を招かないための医療現場への補助,金銭による補償を中心とした市民への援助しかありません。それ以外の行政施策は後回しでも遅くないはずです。
 ところが,維新の会を中心とする大阪府議会は2020年11月の都構想の住民投票を行おうとしています。この結果,都構想が実現するとしても,特別区の設置は,2025年1月1日が予定されています。
 都構想実現を主張する維新の会ですら,初期費用として,システム改修経費や庁舎整備経費、移転経費、街区表示変更経費など最初にかかる費用が241億円,システム運用経費など毎年かかる費用が30億円とされています。
 しかも,これらの経費をまかなうはずの税収が新型コロナウイルス感染拡大に伴う経済の停滞で大幅に減少することも明らかとなっています。
 お金だけではありません。自治体職員は特別区への「未曾有の超巨大引継事業」に忙殺されることになります。
 他方で,現在,吉村知事と松井市長はいずれも維新の会の出身ですから,方針は一致しており,都構想と同様の効果がすでに実現していると言えます。維新の会は,このような人的関係ではなく,構造的に一致させたいとするわけですが,少なくとも,これを急いで実現する必要はないはずです。
 このように都構想のための住民投票は,「不要」であるかは別としても,どう考えても「不急」と言えるのではないでしょうか。
 それでも住民投票を実現しようとするなら,それは,市民の生命・健康やその経済的基盤よりも,自らの「政治的野望」を優先していると思われてもやむを得ないのではないでしょうか。
目先だけを見て「ムダ」かどうかを判断してもよいのでしょうか。
 今回の新型コロナウイルス感染拡大の際,「医療崩壊」の危機が叫ばれました。患者が増大すればそれをまかなう病床と医療従事者が確保できないのではないか,ということです。
 今回注目されたのは,重篤な急性機能不全の患者に対して,24時間体制で対応できるICUの病床数でした。この点,10万人あたりのICU病床数は,日本は,米国(34.7),ドイツ(29.2),イタリア(12.5)などに比べて7.3と大変少なかったのです。また,日本ではそれらの多くに専従医/専門医が配置されていないことも指摘されています。このため,重症患者が増加すればたちまち「医療崩壊」が起きてもおかしくない状況でした。
https://diamond.jp/articles/-/233783?page=2
 これらは,いつ起こるか分からないような感染症のために,ICUを確保することは「ムダ」と考えられ国が積極的に削減を求めたからに他なりません。
 しかし,医療は人のいのちと健康を守るものです。これを「ムダ」と決めつけギリギリまで削減することがいかに重大な危機を招くか,今回の新型コロナウイルス感染拡大により明らかになったのではないでしょうか。 
 都構想を最も積極的に推進する大阪維新の会は,橋下府知事の時代に,積極的市立病院や公衆衛生研究所などの統廃合を進めました。このことからも分かるように,都構想が目的とする「二重行政の解消」は,いざという時に市民のいのちと健康を守る組織をなくしてしまいかねないものです。