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そろそろ左派は経済を語ろう

1 だから野党は駄目なんだ!?
 「そろそろ左派は<経済>を語ろう」(亜紀書房・松尾匡立命館大学教授著)という本を知っていますか? 松尾教授は、この本の中で、野党は、経済政策を語らないから安倍政権を倒すことができないんだ、日本の左派は、もっと経済を語れ!!と呼びかけています。日本の左派が経済を語っていない? なかなか挑発的なタイトルです。その挑発にまんまとつられ、松尾教授の「この経済政策が民主主義を救う」(大月書店)とともに読ませていただきました。なるほどと思うこともありつつ、少なからずの疑問も感じました。私は経済学を専門に勉強したわけではありません。しかし「左派」を自認する者の一人として、この挑発に乗ってみたいと思います。

2 松尾教授はなにを語っているのか
 松尾理論を私なりに要約すると、「政府は国債をバンバン発行し、日銀はそれをドンドン購入せよ。政府がその緩和マネーで大胆な公共投資をすれば、景気は必ず向上する。それでハイパーインフレなんて起きないし、財政破綻もしない。欧州左翼はこれを唱えて人気を得ているのに、日本の左派はこれを語らないからダメなんだ」というものです。しかし、本当にこれで大丈夫なのでしょうか。

3 ハイパーインフレなど生じない?
 松尾教授は、歴史上ハイパーインフレは、戦争で負けるなどして生産が壊滅状態の場合でしか起きていないことを強調します。しかし、それは、そうした場合以外に中央銀行によるファイナンスが積み重ねられた歴史的経験がないというだけのことではないでしょうか。また松尾教授は、GDPギャップのあるデフレ下ではいくら緩和マネーを出してもハイパーインフレにはならないとも言いいます。しかし、デフレ下ではインフレにならないでは同義反復です。「デフレが反転してインフレ傾向となったときに、積みあげられた緩和マネーがハイパーインフレの要因とならないのか?」これが私の疑問です。私の見落としかもしれませんが、先の二著作にその答えを見つけることはできませんでした。

4 財政破綻はしない?
 松尾教授は、国債の一部は借り換えを続け、その他を償還不要の永久債化すれば財政破綻はしないと言います。なるほど政府・日銀間の会計処理上はそれでもいいのかもしれません。しかし、重要なのは海外も含めた市場が、これをどう評価するかです。いくら日本政府が大丈夫だと宣言しても、市場の信頼を失えば、円と国債は暴落し、長期金利は暴騰します。それは新規国債の発行を困難とし、いずれ財政破綻を迎えます。そうならない保障はどこにあるのでしょうか。

5 インフレはコントロールできる?
 インフレを抑えるためには、市場にでまわる貨幣を吸収しなくてはなりません。異次元に積みあげられた緩和マネーは、異次元のマネーストックを生みだします。インフレ傾向となれば、それは市場に流れ込みます。それを阻止しようと法定準備預金率を大幅に引き上げれば、貸渋り・貸剥がしが起こります。GDPの数倍にふくれあがったマネーストックを増税で吸収しようとすれば、どれほどの増税が必要となるのでしょうか。消費大増税ということにもなりかねません。これを吸収できるだけの量の国債を一気に市場に出せば、国債価格の暴落と長期金利の暴騰をまねきかねません。それでハイパーインフレが抑えられなければ市民生活は破綻します。様々な景気指数と、すべての経済主体の景況感をにらみながら、市民生活に打撃にならないように、絶妙な手綱さばきでインフレをコントロールするというようなことが政府にできるとは思えません。松尾理論は、あまりに危険な冒険に思えます。
6 欧州左翼の経験をどうみるのか
 松尾教授は、欧州左翼が反緊縮をスローガンとしていることを強調します。それはそのとおりだと思います。しかし、欧州左翼の主張の核心は、欧州議会や欧州中央銀行が各国の具体的な状況を無視して一律に緊縮財政を押しつけることへの抗議と、EU加盟国間での富の再分配を求めることにあるのではないでしょうか。欧州左翼が、欧州中央銀行が各国の国債を買い上げてチャラにすること要求しているというようなことはあまり聞きません。また日本の国債発行残高の対GDP比率が236%(’18)であるのに対して、欧州各国のなかにそうした国はありません(イギリス-86.3%、ポルトガル-120.83%、スウエーデン-37.91%、アメリカ-106.14%、カナダ-87.36%)。日本とは財政状況がまるで違います。松尾教授は、イギリス労働党のコービン党首が反緊縮を掲げ、人民のための量的緩和を呼びかけていることをたびたび引用しています。しかし、コービン氏は、他方で大企業増税・富裕層増税による財源確保を唱えています。コービン氏の言う「人民のための量的緩和」は、国民投資銀行を創設して政府がそこに支出する、そこから市民生活を豊かにするための事業への支出を行うというものです。政府と国民投資銀行のバランスシートは当然に分離されており、政府への償還が予定されています。これらは松尾理論とはまったく前提を異にしています。欧州左翼が量的緩和を主張しているからといって、さあ日本の左派もそれに続け、その際は日銀マネーを活用するんだ、とはならないのではないでしょうか。

6 私たちは経済をどう語るのか
 随分と後向きの話ばかりをしてしまいました。それではお前は、どう<経済>を語るんだという声が聞こえてきそうです。私にそれを十全に語る能力などはありませんが、せっかくの機会ですので、少しは整理してみたいと思います。
<こんな主張で勝つ> ①社会保障、教育、医療、介護などを重視し、庶民のサイフを豊かにする予算にする。②大企業・富裕層増税、金融取引税導入、資産課税で財源をつくり、消費増税はしない。③必要な公共投資は維持しつつ、不要不急な公共事業は削減する、④格差是正のための諸施策を実施し、公平な社会にしていく、⑤これで景気を回復し、まずは均衡財政。そして債務返済へ。スローガンは、「格差是正。そして景気回復を!!」
 これらはいずれもどこかで聞いたことのあるものばかりです。松尾教授にすれ<経済>を語ったことにはならないのかもしれません。しかし、飛躍的な景気回復とはならなくとも、庶民のサイフが少しずつでも豊かになる、なんだか格差が是正されきた、政府が自分たちの方を向いているという実感は必ず社会を明るくするはずです。私たちに「魔法の杖」などありません。今、私たちがしなければならないのは、私たちのための経済政策をひとつひとつ練り上げ具体化していき、それを市民と野党の共通政策にまで高めていくことです。その意味で、なるほど、そろそろ左派は、<経済>を語らなくてはならないのだと思います。